東京高等裁判所 昭和52年(う)1296号 判決
被告人 大野昌男
〔抄 録〕
本件供述書は、交通反則切符の二枚目表の交通事件原票下段に道路交通法違反現認報告書の欄が設けられてあり、その下部に「違反者は、上記違反事実について、五一年一一月二日次のとおり供述書を作成した」との日時を補充した不動文字を利用しての記載があり、その下方に供述書甲と題し、「私が上記違反をしたことは相違ありません。事情は次のとおりであります。」という不動文字が印刷されていて、その最下部に署名すべきこととなっており、この署名をすることによって交通事件原票上段の記載及び現認報告書の記載と相まって署名として表示された名義人が違反した事実を自認する趣旨の文書が作成される様式となっているものである。従って、その書面の形式、内容からすれば、事実証明に関する私文書というべきものであるところ、文書の偽造とは、作成権限のない者が他人の名義を冒用して私文書を作成すること、換言すれば、作成名義人を偽って文書を作成することであるが、文書の作成名義人は文書の記載内容から客観的に理解されるその意識内容の主体であると解すべきであり、本件供述書から客観的に理解される、違反事実を自認する主体は小田博と認められるのであるが、原判決は文書作成名義人の実質は文書に化体された意思表示その他認識内容表示の主体たる者であるとし、前示のように本件供述書の作成名義人は被告人であるとするので更に検討すると、交通反則手続における交通事件原票は、違反を現認ないし認知した取締官が、違反者の申告に基づき、その携帯する運転免許証あるいは県警本部への照会によって違反者の氏名、免許証登録番号等を確認する程度で違反者を特定して作成され、反則事実や反則金額の告知がなされた後、県警本部長に報告書とともに送付され、県警本部長(現実には通告官)は右原票の記載について、同原票下段の道路交通法違反現認認知報告書及び供述書の記載によって書面審査し、そこに表示された違反者に対し反則金の納付等を命ずる通告書及び納付書を交付又は送付する(道路交通法一二七条、一二八条、同法施行令四七条三項、なお違反者が反則金を仮納付した場合は公示通告の方法による。同法一二九条二項、同法施行令五四条、同規則四四条)ことになるから、交通事件原票下段の供述書の署名は、当該違反をした者のものとして取扱われ、その名義人について違反の責任を問う扱いがなされるのであり、このような処置は、簡易迅速に違反事件を処理することを要請される反則手続に適応したものと認めるのが相当であり、それだけに、また、右供述書の署名は名義人本人によってなされることが厳に保障される必要があり、それを偽ることは、供述書に対する公の信用を害し、交通反則手続の円滑な処理をみだすものとして実質的処罰価値があるといわなければならない。原判決は、違反をした者が違反を自認して署名していることの実質を重視し、本件供述書の作成名義人と現実の作成者に食い違いはないとするのであるが、この見解は文書作成名義人と作成者の区別について明確な基準を立て難くなって具体的な案件について文書偽造罪の適用に混乱を生じ、現に本件においても冒用された小田博について通告等の手続が進められる危険が生じた等交通反則手続の現実の処理にも適合しない結果を招来することにもなるから到底是認しがたいといわなければならず、文書偽造罪については、その作成名義人についてあくまでも客観的に文書自体の記載内容に従い、それによって理解される意識内容の主体を判断する見解によるのが相当であるから、本件供述書に、実在する小田博の氏名を冒用して署名し、これを提出行使した被告人の所為は有印私文書偽造、同行使の罪に当るものというべきである。
(小松 千葉 鈴木)